プロローグ・リラ。
「それでは、大会まではこちらの部屋までおくつろぎ下さい」
「は〜い。うわ、えー?! こんな広いお部屋でいいんですか?」
中央王国の王都にある、迎賓館の3階、14畳の客間である。国賓などを迎えることもあるため、調度品などはかなり豪華である。頭の上に猫のようなとがった耳を持った少女は、見た事もないフカフカのベッドに座ってはしゃいでいる。どうやら彼女はゆうしゃ様トーナメントのために選ばれたゆうしゃ候補のようだ。
「はい、仮にもゆうしゃさまが泊まられる場所ですので、失礼のないようにと国王様直々に迎賓館の客間を用意するようにと仰せつかっております」
「そうなんですね〜♪」
「私、今回出場者の方々のお世話を致します、シロナと申します。御用がございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「はい、よろしくおねがいします!」
この部屋にやってきたリラは、北東の大森林地帯に住む猫族という少数派の獣人族で、王国北東の樹海では名の知れたハンターである。彼女曰く、樹海で迷っていた知らないおじさんを助けたら、招待状をもらったと言うのだが、そのおじさんは、彼女の評判を聞きつけてやってきた王国の使者だとは知る由もない。
猫耳の少女は、ピョンピョンとベッドのクッションを楽しんでいる。元気にはしゃぐ少女を見ていた銀髪の女性が恐る恐る口を開いた。
「あの、リラ様」
「はいにゃ! あっ」
「今のがよく言われる猫語というものですね? すごくかわいらしいです」
「や、やめてにゃ; ああ、また……」
顔を真っ赤に赤らめて、案内役の女性からの視線を隠すように顔を覆っている。
シロナはくすくすと笑いながらリラの隣に座ると、その娘の顔を覆った前腕部がモフモフとした毛皮に包まれているのを確認した。これは自毛なのだろうか? それにしては、肘を境にして二の腕から上はまったく毛が生えていないのが面白い。
「そのまましゃべればいいのではないでしょうか?」
「だめです。猫語は田舎者だって思われるみたいで、笑われてしまうんです。お父さんも苦労したんですよ〜」
「それは笑われてはいないのでは?」
「うーん、なんか恥ずかしいにゃ/// あぅぅ、気が抜けると出てしまうにゃ」
ベッドの上で恥ずかしさに悶絶する猫娘を笑顔で見つめつつ、ポンポンとリラの髪の上に手を置くと、元々言いたかった本題を切り出した。
「その耳って、本物、ですよね? 私、猫派なのですごく気になりまして」
「ああ、耳もよく触られます。もちろんホンモノですよ〜 あんまり触られ続けるのは嫌なんですけどにゃ」
「そうなのですね」
まったく手を添えず、器用に耳だけを動かしてみせる。普通は前方に向いているけど、前を向きながら後方の音を聞くこともでき、横だったり斜め後ろにも耳を向けたりするのだと解説した。
「あああ、かっわいいいい〜〜〜〜〜〜//////」
王国内では沈着冷静のクールビューティーで通っているシロナも、初めて見る猫族の耳にノックアウト状態である。
リラは出発前、彼女の両親が「これは人間達の罠ではないか」と警戒していたことを思い出した。その時は「考えすぎだ」と一蹴したのだが、信用できそうな人に見えるシロナでさえこれほどの興味なのだから、他の人間達がどう反応するかを考えると、そら恐ろしい。今でこそ絶滅危惧種族に指定され保護されているものの、猫族は「人さらい」によって大きく個体数を減らした種族なのである。
「人間の耳は動かないんですよね」
「もちろんです。こんなに可愛くありませんし……耳に筋肉があるのでしょうか?」
「多分そうじゃないかにゃ? よくわからないけど」
「そうなのですね。少し触ってみたい……」
「少しだけなら構わないですよ?」
ありがとうございますと断って、尖った耳の先端にちょんちょんと触れてみる。
「今のぐらいなら大丈夫です〜♪」
「そ、そうですか! それならばよかったです」
しかし、シロナには絶対にやってみたいことがあった。
何か言いたげに佇む彼女の空気を読んだリラは、
「チョットぐらいならつまんでも構いませんけど」
触られるのは少しだけ嫌だったが、シロナの様子を見ているうちに触らせてあげてもいいような気がしてきた。
シロナはシロナで思わぬ申し出に内心、欣喜雀躍としながらも、今さらのように、トーナメント案内役である自分の立場では、分不相応な立ち振る舞いだったことを考えてうろたえる。
「あの、その、普段はこのようなはしたないことはしないのですが、ど、どうしても触ってみたくなってしまいまして。申し訳ございません」
「まあ、そんなこともあるかと思います。珍しいみたいですから、私たちって」
若干おびえているのか、耳を少し水平にして構えているのを見ると、申し訳ない気持ちになってくるが、ふわふわの毛に包まれた耳を、ここまできたらちょっとだけでも触ってみたい。
ドキドキドキドキドキ………
ふにふにっ
「や、やわらかいっ」
「ひゃうっ」
ぞわぞわする感触がたまらず、シロナの指を耳で弾いた。
「これでよろしいですかにゃ?」
「は、はいっ ありがとうございます」
共に少しだけ恥ずかしげで、お互いの顔を見ることができそうになかった。
尚、この後、リラの部屋に届けられる食事だけ、若干内容が豪華であったのは秘密である。
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