プロローグ・ヒュプノ。
カランカラン♪
「いらっしゃいませー」
入店した客にパン屋の娘が元気よく声をかける。
「ふぅ……」
入ってきた女性はフードを外す。
短めにカットされた髪が顕になる。すらりと綺麗な顔つきである。
女性にしてはやや背が高めであるが、地味なマントを羽織っており特に目立った特徴があるわけではない。
一点だけ、何より印象的なのその赤い色をした瞳。
その女性はひとしきり店内のパンを眺めたのち、
店員の娘に話しかける。
「そうね……」
顔と顔が向き合い、目と目が合う。
店員の娘は長いストレートの後ろで束ね、にエプロンを身につけている。
「……どのパンも美味しそう。全部売り物?」
「ええ、そうですよ?うちはパン屋ですから」
「そうなの……」娘の瞳の奥を覗き込みながら、
「店にあるパンならどれでも買えるのね?」と、念を押す。
「はい、どのパンかお決まりですか?」
「じゃ、あなたのパンツをくださいな」
面と向かって真顔で注文する。
「……え?」
店員の娘は何を言われたのか理解できずに聞き直す。
「店員さんが、今身につけているパンツを買うわ」
「あのッ、冷やかしですか? 当店ではそのようなものは取り扱っていませんッ」
パンツパンツと連呼されて顔を赤くしながら文句を言う店員。
しかし、
「あらあなた、パンなら何でも売ると言ったのではないの」
さも当然のよう要求する客。
「えっ……そ、それはそうですが……でも……」
「パン屋がパンを売らないで何を売るというのよ?」
逆に強い口調でクレームをつける。
「そ、そうですよね。
お客様すみませんっ。何か勘違いしていました」
ぺこりと頭を下げて謝罪をする。
「今準備をしますので、しょ、少々お待ちください……」
そう言うと娘は、赤く染まった頬を更に赤くして、震えた手をスカートを少し捲る。
その中に手を入て、ゴソゴソと下着を下ろしていく。
客の視線を意識しながら脱ぎ終えると、
手にした下着をそそくさと紙の袋に入れる。
「ふふふ。いい脱ぎっぷりと褒めてあげる。いくら?」
「あ……ええと……いくらだっけ……」
「これで足りるかしら?」
チャリンチャリンとコインを出す。
全部でも精々菓子パンが1個買えるくらいの金額だ。
「は、はい。ありがとうございます」
丁重に受け取る店員の娘。
「ふふ。それじゃ」袋を受け取った客は店を出ようとするが、
「あ、あのっ……」店の娘が呼び止める。
「ん?」ゆっくりと振り返る。赤い目がまた娘の目を射抜く。
「……その」
「?」
「……ぬ、脱ぎたてですので、、早い目にお召し上がりくださ……ぃ……」
一瞬何かに抗おうとしたが、不安そうにスカートを抑えてお辞儀をする店員の娘。
「ふふ、ありがとう」
カランカラン
店から立ち去っていく客の名はヒュプノ。
「うまくいったわ。調整はこんなところかな」
彼女がしていたのはマインドコントロールの魔法。
普通の心理状況ではありえない現象。パン屋の娘にパンツがパンであると、思い込ませたのだ。
ヒュプノは明日、ゆうしゃ様トーナメントの一回戦を控えている。
催眠魔術という特殊な魔法を使う彼女は
相手のマインド、つまり頭脳を魔力で支配(コントロール)し
記憶や命令回路に変更を加える事ができる。
決まってしまえば意のままに相手を操ることができる最高位の魔法であるが、
無敵というわけではない。
自身の精神状態や相手の精神状態諸々にもその効果が変動する。
ましてや明日の相手は人ではなく死神なのだ。
基本的には知的レベルの高いもの程、効果が現れにくい。
しかし、ヒュプノに自信がないわけではない。
思考のある生物なら何でも通用するという自負と経験がある。
だが、最大限楽しめるショーに仕立て上げるため、準備を怠らないだけなのだ。
「ふふふ、対戦相手リリムちゃん。あなたには公衆の面前でどんな恥ずかしい目に合わせてあげようかしら」
ヒュプノは来るべき戦いに向け気持ちを高ぶらせている。